2017シーズンに社長に就任し、5シーズン目を迎える小西にインタビューを敢行。困難な状況の中で陣頭指揮を執った昨シーズンの振り返り、そして9年ぶりのアジア挑戦を控える今シーズンへの想いなどを語ってもらった。
インタビュー・文=INSIDE GRAMPUS編集部
新型コロナウイルスの影響で未曾有の年となった昨シーズンをどのように感じていますか?
小西 2月に開催されたJリーグ開幕戦のベガルタ仙台戦で阿部浩之選手のゴールで勝ち点1を得て、「よし、これから勝つ」、「来週からまた頑張ろう」と意気込んでいました。第2節は豊田スタジアムでの湘南ベルマーレ戦が予定されており、湘南さんもアウェイとはいえ、彼らにとって初の満員の豊田スタジアムでの試合を楽しみにされていたんです。そのような状況でしたが、結局延期となってしまい、長い中断期間に入りました。選手からしても一旦コンディションを上げたのに、元の木阿弥になってしまった。結果的には7月に再開しましたが、再開に至るまでは暗いトンネルの中を手探りで前に進むような感覚でした。それはチームもそうですし、事業面も同じです。グランパスというクラブ全体がブラックホールの中に吸い込まれていったというような気持ちのまま1年の前半が終わってしまいました。再開後に目を向けると、7月に無事Jリーグが再開しましたが、最初はリモートマッチ。ファミリーの皆さんの声が聞こえず、手拍子も、足音すらも聞こえない。そういった中でチームとしてモチベーションをどうやって保つのか、またお客さまがいない中、どうやって採算を合わせるのか、利益を生み出すのか。とにかく困難だらけの再スタートだったと思います。その後は入場制限が5,000人、50パーセントと段階的に緩和され、幸いにも『ありがとう、瑞穂。』プロジェクトの時は1万人以上のお客さまに来ていただくことができました。「やっとここまで来られた」という感覚でしたね。
例年とは違った形での感謝の想いを抱いたのではないでしょうか?
小西 おっしゃるとおりですね。まずはファミリーの皆さまに対する感謝。誰もが厳しい状況の中でスタジアムに足を運んでくださったり、映像を通してチカラを送っていただいたこと。また、グッズを買ってくださったり、クラウドファンディングなどでご支援をいただいて、なんとかチームやクラブを支えようという気持ちや愛をより強く感じました。また、選手や監督、スタッフは制限、制約がありストレスの溜まる中で、勝つことに一生懸命取り組んでくれ、目の前の試合に向けて常に全力を尽くしてくれました。昨シーズンは、リーグ戦での連敗は一度だけで、常に勝ち点を積み上げ、一年間集中力を切らさずに闘ってくれました。ランゲラック選手や丸山祐市選手、中谷進之介選手がフルタイム出場を果たし、稲垣祥選手、マテウス選手が全試合に出場しました。そのほかの選手も含めて健康管理はもちろん、ある種の根性で頑張ってくれたと思います。ケアをしていただくトレーナーやコーチ、皆さんの総合力で結果的にACL(AFCチャンピオンズリーグ)出場権獲得まで至ってくれたというのは、私からするとこれも感謝です。そういったさまざまな形で「感謝」を感じた1年でした。
チームはACL出場権獲得、リーグ戦3位という結果を残しました。結果についてはどのように捉えていますか。
小西 よくやってくれたと思います。もともとの目標がACL出場圏内でしたので、目標をクリアしてくれたことに関しては、すばらしい結果を残してくれたと思います。ただ、チームとしては3位で喜んでいいのかということになりますので、難しいところでもあります。新体制発表会でも申し上げましたが、今年のスローガンは"超える"。なにを超えるかというと、順位も超えるし、ファミリーの皆さまの入場者数、グッズの売り上げも超える。KPIとしていろいろな数字が目の前にあるわけですから、その数字を超えなければなりません。過去を振り返って満足をしていたら"超える"ことと矛盾します。"超える"ということは「過去に満足しない」ということを意味しますので、それは表裏一体だと思います。
スローガンの話をすると昨年は"進化"という言葉が入っていました。
小西 チームも事業もしっかり進化したと思います。ただ、事業の数字だけを考えますと、入場制限がありましたので一昨年と比べると当然、数字は落ちています。それは仕方のないことではありますので、できる範囲の中でフルスイングでやってくれたと感じています。制約の中でどうやってレベルを上げていくのか。その中で具体的に言うと、年間を通して15万人以上のお客さまにご来場いただき、入場者数がJリーグで1位になりました。これは、KPIとして非常に重いところ。絶対的な数字も大事ですけど、横を見て相対的に比較して優位かどうかというところも重要です。昨年の場合は自分たちの前年の数字と比較するのではなく、ほかのクラブと相対比較をするべきだと思います。そういう意味では進化そのものだと思いますので、達成できた年だと思います。チームとしても一昨年の15位からジャンプアップして3位になったわけですからしっかりと進化を示してくれたと思います。
コロナ禍という制約があったからこそ進化できた部分もあると思います。
小西 ビジネスはもともと矛盾ばかりの中で、両立しないものを無理やりにでも両立させるものだと思っています。車を例に挙げると、燃費を良くしたいという目標があるとしたら、重量を減らそうと考えます。ただ、重量を減らせば燃費は良くなるけど、その分安全性が下がります。それでいいかというと絶対に良くないですよね。ベストは重量を軽くして燃費を良くしながら、安全性も上げること。これらは、ある意味矛盾することです。その矛盾を解決するのがマネジメント、ビジネスなんです。それができないことには組織として何の進歩もありません。そう考えると、昨年は「コロナ禍だから仕方ない」と思った瞬間、その矛盾を消そうという意思がなくなることになります。それでは仕事をしたことになりません。「コロナ禍だから仕方ない」ではなくて、その中でも常に矛盾を消していく。できない理由を言わずに、やれることを考える。そういったことが組織の中に浸透した1年になったと思います。とかく、昨年のような状況の中だとできない理由を言いがちです。「これだからできない」、「あれだからできない」、「政府からこういうご要望が出てるからできない」。それは評論家であってビジネスのインサイダーの言葉ではありません。その点、うちのメンバーはしっかりと厳しい環境、経営状況をちゃんと認識した上で、必死になってやってくれました。どんな状況の中でもできない理由を5つ挙げる評論家的なビジネスではなくて、5つできない理由を考える暇があれば、1つでもできる理由を考えて、一点突破していく心構えと実行力。そういうことが身につき、クラブの中で共有される機会になったかもしれません。
小西社長の就任初年度はJ2で闘うシーズンでしたが、その中でもJ1で闘った前年の数字を超えようという目標を掲げられました。そういった方針でこれまで取り組んできたことで、難しい状況に立ち向かうベースができていたのではないでしょうか。
小西 昨シーズン最終戦後の取材の際に「今シーズンは名古屋城を例えにすると、マッシモ フィッカデンティ監督のもと堅牢な石垣をしっかりと築いた一年だった」と申し上げました。私が就任した2017シーズンから基本的な考え方は全く変わっていません。過去を超えよう、昨年の自分を超えよう、隣のチームよりも上に行こうということを常に言ってきました。与えられた環境を把握して、必ずその上を行こうということで毎年やってきました。たしかにJ2の時代ですら、ほぼすべてのKPIを2016シーズンのJ1時代の数字を超えることができたということは、その時点で石垣のもっと前の土地探しやお堀を掘るとか、そういった構えの一歩ができていたと言えると思います。さらにはJ2でもできたということで、クラブのメンバーが自信や誇り、やれば必ずできるという認識を持つことにつながったのだと思います。
昨シーズンは、そういったクラブとしての自信に、ファミリーの支えが加わって乗り越えられたと。
小西 はい。ファミリーの皆さまも本当に大変だったと思います。そんな状況の中でもスタジアムに来てくださったり、グッズを買っていただいて、グランパスのためになることをしようという意思を持ってくださる。クラブとファミリーの皆さまが肩を組みながら、多少縮こまったかもしれませんが、だからこそ生き延びることができて、いつか春が来るぞと力を合わせることができた。一緒に耐えて、「春になったら花が咲くように種を蒔こう」ということで、クラウドファンディングでご支援していただいたり、声も出せずに、拍手をするだけだけど、それでも少しでも選手の背中を押すことができればという気持ちでスタジアムに足を運んでくださるなどしてクラブを支えてくれました。ちょっとずつが重なれば大きくなります。1人が一万歩を走るのではなくて、1万人が一歩進む。それでも進んだ面積は一緒ですから。そういう気持ちで支えてくださったからこそ、クラブとファミリーの皆さまの絆を確認でき、より基盤を強くできたシーズンでもあったと思います。
スタジアムに行くことを迷ってる方もいたと思いますが、その中でも入場者数1位を記録したのは、「安心安全なスタジアム」というクラブが掲げていたものを実現できたことも大きな要因かと思います。
小西 プロトコルに基づき、安心、安全のための取り組みは徹底的に行いました。ただ、これはグランパスに限らずほかのJクラブもしっかりとやられていることです。その中で、皆さまの振る舞いや応援の仕方が素晴らしかった。なにかの拍子にマスクを外したり、大声をあげるような方がいらっしゃると、どうしても「行くのをやめよう」と思いますよね。そういう意味では皆さんがクラブのために力を合わせてくれたと思います。先ほどの肩を寄せ合う話ではないですが、お互いが思いやりを持って助け合うことが大事なこと。だからこそ単なるファンではなくファミリーなんです。決められたプロトコルに準じた行動をしていただき、お互いがお互いに安心、安全のためにリスペクトする。これがファミリーと呼べる所以です。それを皆さまがやってくださったから、安心が安心を呼んで、「スタジアムに行っても大丈夫」ということがじわりじわりと伝わったんだと思います。これはファミリーの皆さまのすばらしい行動のおかげだと思います。
ただ一方でコロナ禍でのイベント開催についてはさまざまな声があったと思います。そういった声に対してどのように感じていましたか?
小西 プロトコルをしっかりと守っていることについては自信を持っていますが、だから大丈夫というほど簡単にはいきませんし、念には念を入れて臨みました。先ほどの話ではないですが、できない理由を考えて中止にするのは簡単です。それで本当にいいのかということを考え、矛盾を消すということ。普通であれば大変なことからは逃げたいですが、大変だけどやりきる。ここはいくつかポイントがあると思っています。一つはいろいろな厳しい条件があってもやりきることで、組織も人も成長します。やめてしまったら何もないわけですから成長の機会はありません。そうやって矛盾を解決するという経験を積むことによって、また次のプロジェクトでさらにクオリティーの高い仕事ができるようになります。そして、やるからには徹底した安心で安全な環境をご提供しないとプロとは言えませんよね。プロトコルおよび、それを超えた自主的なルールも取り入れながらやりきるということが、ファミリーの皆さまに対する礼儀でもあるし、絶対にやらなければならないことです。最後に、プロ野球をはじめとする他のスポーツや様々なイベントがある中で、Jリーグやグランパスが置かれている立場には良い意味で重たいものがあると思っています。「やめる」という選択をして、サッカーができない、野球ができないという状況で本当にいいのかということです。とにかく、やらないという判断は簡単です。そこをしっかりと対策してやると判断し、実際にやりきることで安心、安全だと証明する。これが未来に向けての進歩だと思います。そういう新しいことにチャレンジすることが世の中や物事の進化を促すわけですから。当然怖いという方もいらっしゃると思いますが、その不安を払拭することが大事。私たちは不安を少しでも払拭したいという想いでやってきました。30日から始まるキャンプも昨シーズンの中断期間中の認識であれば、おそらく全面中止です。でもそれから知見がどんどん積み重なったからキャンプが開催できるわけです。実際にグランパスにかかわらず、スタジアムで感染した事例はまだありませんよね。それはJリーグ全体が、可能な限りの対策をすべてやったからこその結果です。チャレンジしていなければいつまで経ってもクローズドのままだったと思います。一歩一歩積み重ねることが大事。一気に100パーセントにはできませんから、収容制限も5,000人、50パーセントと徐々に緩和をして、状況が悪くなったらまた5,000人以下に制限する。それでいいと思います。そうやってどんどん安心、安全の知見を溜めた上でしっかりとした対応ができるわけですから。
昨シーズン、クラブとして初めて実施したクラウドファンディングはいかがでしたか?
小西 本当にありがたいことです。多くの方が「支援しましたよ」と伝えてくださいました。それも「支援してあげましたよ」ではなくて「支援できてうれしかった」と言ってくださるんです。3,000名以上の方がクラブを支援したいと思ってくださったということですから感謝以外の何ものでもありません。ふるさと納税型のクラウドファンディングも実施しましたが、それも手続きが簡単なわけではないのでハードルはあったと思います。それでもこれだけ多くの方にご支援いただいたわけですから、心から感謝しています。
スタジアムに足を運ぶことが簡単ではなくなった状況の中で、スローガンでもある“All for NAGOYA”を感じられたのではないでしょうか。
小西 その通りです。なにをもって“All for NAGOYA”であるのか。昨年の場合はさまざまな受けとめ方ができると思います。“All for NAGOYA”の先に“for the win”があるかもしれないし、“for the football”があるかもしれない。苦難の状況に負けず、サッカーの持つ楽しさとか、心の栄養分みたいなところを感じていただけたとも思います。5月や6月頃は「サッカーを楽しむことは無理でないか」という絶望感があったわけです。それを乗り越えて、お互いのリスペクトがあって、スタジアムで観戦したり、そこには行けなくても、試合が毎週行われて、映像を通してサッカーを楽しめること。まだ完璧に戻ったわけではないですけど、自分たちの行動、あるいは行動変容がサッカーのある日常を取り戻すことにつながった。一人ひとり考え方も行動できる範囲も違いますが、みんなが名古屋グランパスのために何かをやってくださった。それが昨シーズンの成績につながっていると思います。
今シーズンで社長就任5年目を迎えます。今後のビジョンをお聞かせください。
小西 まずは、サッカーに対する強い愛情、リスペクトが全ての中心にあります。そして「強く、観て楽しいサッカー」を展開し、皆さまに応援いただける「町いちばんのクラブ」になる。そして結果として「安定的経営基盤」ができる。このビジョンは永遠に変わりません。昨シーズン多くのお客さまがスタジアムに来てくださったのは、やはり強かったからだと思います。勝てばうれしいですよね。だからこそもっとチームを強化しないといけません。ホームタウン活動も同じです。昨シーズンは、いろいろな制約があり、選手が街に繰り出すことができませんでした。また、入場者数やグッズの売り上げも制約を受けましたので、安定的経営基盤というところはかなり毀損しました。我々にとって一番大事なKPIはスタジアムの入場者数ですから、これが回復しない限り難しいという現実があります。ただ、それでも約15万人の皆さまにお越しいただきました。それを今シーズンは、さらに上へと積み上げられるようにやることに尽きると思っています。
クラブとして9年ぶりのアジアへの挑戦も待っています。
小西 本当にワクワクしています。スケジュール詳細はまだ決まっていませんが、より高い次元にチャレンジできるということは大事です。同じような環境で戦っているうちは、その風景しか見えませんから。よく山登りに例えますが、峠を越えて高いところに登らないと見えない風景がいっぱいありますよね。ACLの山に登ったらまずはアジアが見えます。それは事業面でも同じで、例えばアジアの企業がサポートしてくれるとか、そういうことにつながる可能性もあると思います。そこに行ってみないと見えない未来があるので、まずは行ってみて未来を見ようとする意識を持って参加することが重要です。事業もチームも一段高いレベルで戦うことができる機会をつかんだ実力があるわけですから、その力をアジアの舞台で大いに発揮してもらいたいです。
あらためて今シーズンの目標、意気込みをお願いします。
小西 新体制発表会でも申し上げましたが、スローガンが“超える”ですから、リーグ戦3位という昨シーズンの成績を超えなければいけません。また、リーグ戦だけでなく、ルヴァンカップ、天皇杯、ACLと様々な大会がありますので、どの大会でも常にタイトル争いに加わり、結果的にタイトルを獲るチームであるべきです。その基盤をしっかりと作って、毎シーズン同じような高いレベルでチャレンジができるクラブになれるように、本当の足固めをするシーズンにしたいと思っています。