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【小西工己社長連載】グランパスとともに世界へ(第1回)

94月

2017年4月の社長就任以降、小西は「世界に通じるクラブにする」という想いの下、グランパスの陣頭指揮を執ってきた。

クラブ経営の内側に迫るべく、『INSIDE GRAMPUS』では、連載企画として小西のインタビューを敢行。

第1回では、小西が目指すクラブ経営のビジョンをテーマに聞いた。



『INSIDE GRAMPUS』での初めてのインタビューということで、クラブ経営の観点からクラブが目指す方向性、方針について教えてください。

小西 社長に就任する以前の2016年から、顧問としてグランパスの業務を行いつつ、イギリス、イタリア、スペインなどヨーロッパのクラブも含め、国内外のサッカークラブの「現場」へ直接足を運び、話を聞きました。イギリスで訪れたチャールトン・アスレティックでは、ファン、サポーターがレンガを積み上げてスタジアムの礎を築いた話をうかがい、実際にまだ一部残っている現物を見て感動しました。イタリアのアタランタでは、アカデミーの出身者であること自体がブランドと言われるほど、育成に力を入れているクラブの取り組みについてお聞きしました。スペインでは、8万人のカンプ・ノウを熱狂させるメッシ、スアレス、ネイマール、イニエスタのプレーを観戦し、バルセロナのCEOから、スタジアムを「10万人収容に改修する」というスケールの大きなプランを聞きました。当時J2という状況で生意気だったかもしれませんが、その頃から「グランパスを世界に通じるクラブにしたい」という気持ちを抱いており、当時のグランパスとの差分を見据え、どうしたらその差分を埋めていけるか、ずっと考え続けていたのです。


経営という立場では、クラブが中長期でどのように「スパイラルアップ」していくか、その道筋を描くことが重要です。チーム強化や観客動員、グッズの企画、クラブパートナーの皆さま、行政の皆さまとの関係作り、安全安心な試合運営、興味を持ってもらえる広報、発信など、クラブ運営で取り組むべきことは本当にたくさんあります。それぞれの取り組みがお互いに相関関係、因果関係にある中で、最初にどんな変化を起こすか。最初の変化を次の変化につなげ、変化の「好循環」を作り、クラブをさらに高いステージに上げていけるか。このサイクルを築くことを、私はクラブ経営の「スパイラルアップ」と呼んでいます。

社長に就任してすぐに、クラブ経営のビジョンを定めることに着手しました。クラブのメンバーと様々な取り組みや重要な経営指標の見込みなどを議論していく中で、「強く、見て楽しいサッカー」、「町いちばんのクラブ」、「安定的な経営基盤」というスパイラルを築くことが、グランパスが成長していく道筋と考えました。そして、すべての中心に「リスペクト」を持って、このサイクルを軸に、クラブが翼を生やして世界へ羽ばたいていくこと。その好循環を構築して実行することが、まさしくクラブの経営だと考えています。



「強く、見て楽しいサッカー」、「町いちばんのクラブ」、「安定的な経営基盤」というサイクルについて、それぞれ詳しく教えてください。まず、「強く、見て楽しいサッカー」で目指す姿はどのようなものなのでしょうか?

小西 スタジアムという舞台で、「強く、見て楽しいサッカー」をお見せすることは、クラブとして最も大事な取り組みだと考えています。昨シーズン、J2に降格した環境の中で、新たに風間八宏監督を迎え、選手の編成も大きく入れ替えました。クラブとして、根っこから新しいサッカーを再構築する。文字通り見て楽しいサッカーを実現するための取り組みでした。私からご説明するまでもなく、風間監督の下、チームは攻撃的なサッカーを追及し続けてくれています。4点リードを追いつかれる血圧に悪い試合もありましたが(笑)、先制されても最後まで相手を脅かし続ける攻撃力、スリリングな展開、昨シーズンはそうした攻撃的なサッカーのベースを築けた1年だったのではないかと思います。ご存知の通り、今シーズンはジョー選手やランゲラック選手ら、ワールドクラスの選手を獲得しました。J1というステージから、クラブが目指すのはアジア、そして世界です。グランパスのステージを、もっともっと上げていきたいんです。また、最近は「誰も見たことがないサッカー」を実現したいという言い方もしています。高いレベルの選手たちが力を発揮し、私たちも想像していなかったようなサッカーが披露されることを、私自身も楽しみにしています。

育成も「強く、見て楽しいサッカー」を実現するための重要な要素です。グランパスでは、育成を二つの観点で捉えています。一つは、トップチームの選手の育成。もう一つは、ユース以下の年代の育成です。風間監督と常に話しているのですが、トップチームの選手も日々成長しなくてはいけない。若い選手も経験のある選手も、昨日の自分より少しでも上手くなる、強くなる、速くなる。トップチームの選手には、それだけに集中して取り組んでほしいと伝えています。ユース年代の育成には、個人の成長だけでなくクラブとしての仕組み、サポートも必要です。今シーズンから新たにクラブに迎えた山口素弘アカデミーダイレクターには、ただトップの試合に出るだけではなく、“トップチームで活躍する選手”を育て上げてもらうようお願いしています。そのためにも、トップとの連携は不可欠です。ユースの選手たち自身が個人として技術を高め、次のトップチームを担う選手となっていくために、クラブとして選手が成長できる環境、成長できる機会を準備すること。トップチームの風間監督も積極的に若手選手を起用しているように、トップとユースの連携をさらに高めていく。その中でトップチームの「強く、見て楽しいサッカー」を共有し、若い選手たちが次々と飛び出してきてくれることを楽しみにしています。



二つ目の「町いちばんのクラブ」とはどのようなものでしょうか?

小西 「世界を目指す」という言葉と「町いちばんのクラブ」という言葉は、少し目線が違うように聞こえるかもしれません。しかし、私の信念として、クラブを取り巻く一番身近な町の方々に応援されないクラブが、世界で応援されるはずはない、という考えがあります。トヨタ自動車も世界で戦う企業ですが、企業の活動を細かく見ていくと、一つひとつの単位は工場であり、販売店であり、その中のプロセス、そこに連なるサプライヤーさま、お客さま一人ひとりとの関係性から成り立っています。そうした一つひとつの良い関係性が積み重なり、世界の規模でビジネスを展開する企業となっています。私自身もトヨタ自動車での経験を元に、やはりクラブとして、まずはホームタウンの皆さま、スタジアムにお越しになるファン、サポーターの皆さま、そして地元企業や自治体の皆さま、サッカー協会などの団体の皆さまに応援いただける活動なしに、世界で戦うクラブは実現しないと考えています。


町いちばんで最初に目指すのは、「満員のスタジアム」です。スパイラルアップの一つ目に挙げた「強く、見て楽しいサッカー」を実現し、そのサッカーをスタジアムで満員のファン、サポーターの皆さまに楽しんでいただく。また、ともに戦ってチームを後押しいただく。ファン、サポーターとともに創る歴史、ストーリー、レガシーが、クラブそのものであり、クラブを成長させる不可欠な要素であると感じています。

そして「町いちばん」という観点では、スタジアムで創り出す一体感や熱を、試合がない日も町の皆さまに感じていただく、次の試合を楽しみにしていただく、そうした姿を目指したいと考えています。いろいろなところで話をさせていただいていますが、昨シーズン、J2の戦いの中で感銘を受けた出来事があります。松本山雅FCさんとの試合の帰路、タクシーの中で運転手さんに「今日はどちらが勝ちましたか?」と聞かれたのです。私が「名古屋が勝ちましたよ」と伝えると、「え?」とおっしゃって急ブレーキを踏まれ、落ち込んだご様子でいらっしゃいました。私は急いでいたので困ったのですが(笑)、お話をお聞きすると、「山雅が負けると、居酒屋で祝杯をあげる人が減って、タクシーの売上も下がる」と。サッカーが生活に根づいている、経済活動にも紐づいている、そういう姿を目のあたりにしました。

グランパスの試合結果を町の皆さまに気にしていただいて、一喜一憂していただく。スタジアムの外、日常生活の中でも、グランパスのことを感じていただく。そのためには、クラブが汗をかきながら、パートナー企業さま、ホームタウンの行政さまのお力をお借りすることも必要です。昨年1年間、私自身も愛知県下の東西南北の自治体の首長さまの元へ直接足を運び、お話を聞かせていただきました。各地の市長さま、町長さまとお話をする中で、グランパスがお役に立てることがまだまだたくさんあると感じました。それぞれの町とグランパスの距離を縮め、いい意味でグランパスを活用いただきたい。そして、各自治体にお住まいの皆さまに、グランパスの「強く、見て楽しいサッカー」を体感していただきたい。愛知県で700万人、近隣府県を含めると1000万人を越える町で、現在J1のクラブはグランパスだけです。このホームタウンの力を、グランパスを応援する流れにできれば、本当に世界レベルのクラブになることができると確信しています。



最後に、「安定的経営基盤」について聞かせていただけますでしょうか?

小西 ここまでお話をした「強く、見て楽しいサッカー」、「町いちばんのクラブ」を実現していく中で、クラブの事業を成長させ、さらに高いレベルのサッカーへ再投資していく経営基盤を作ることが重要です。「町いちばん」でお話をさせていただいた応援の広がりをクラブの事業成長につなげていくためには、あらゆる知恵を使ってクラブを成長させるアイデアを搾り出すことが大事になります。観客動員やパートナー企業さまのご支援拡大はもちろんのこと、グッズ、メディア、ウェブと、考えられるすべての方法を使って事業の成長を図っていかなくてはなりません。また、元々ある企画も「去年通り」にやるのではなく、必ず前回よりも質を上げること。クラブスタッフによく話していますが、「時間とお金は有限、知恵は無限」です。皆さまから応援していただける気持ちを、知恵を尽くして、チーム強化、次の成長につなげる取り組みをしていく義務があると考えています。

クラブの中期目標の軸として、「ファンを倍増する」ことを掲げています。アグレッシブな目標に聞こえるかもしれませんが、真剣に追求したいことなのです。昨シーズンはJ2という状況でしたが、J1で戦っていた2016年を上回る、32万人のファン、サポーターの皆さまがスタジアムに足を運んでくださいました。これはたまたま実現できたのではなく、昨年の初めから「J1を越えよう、去年の自分たちを上回ろう」という目標の下、スタッフが知恵を尽くして実現してくれたものです。クラブ内では「ストレッチターゲット」という言葉をよく使います。最初からできる目標を掲げるのではなく、「普通にやったら難しい」と感じるくらいの目標を立てる。その目標を達成しようとすることで、自然と新しい知恵や工夫が生まれます。チャレンジを恐れず、新しいものをクリエイトすること。クラブがその力を伸ばすこと自体が経営の基盤と言えますし、また「ファンを倍増する」ことを実現できたとしたら、それがクラブにとって最も重要な経営のベースになると考えています。

また、Jリーグ全体に目を移すと、チーム成績が経営に直結する時代になってきていると言えます。ご存知の通り、DAZNさまとの放映権契約が成立し、上位のチームに手厚い配分金が支払われることになりました。例えば、優勝したチームは、3年間に渡って合計16億円以上の強化理念配分金を得られることになります。これはリーグ自身が真剣に「アジア、世界で戦おう」、「そのために必要なクラブの経営規模を実現していこう」という強い意志を明らかにしていると言えます。ヨーロッパでは当たり前のことかもしれません。各国リーグの優勝賞金や、チャンピオンズリーグの出場報酬は、クラブにとって文字通り桁が違う収入源になっていますから。グランパスとしては、この競争環境の中で、常にJリーグで優勝するチャンスを狙える、Jリーグで最も「強く、見て楽しいサッカー」を見せ、アジア、そして世界で戦えるチームを目指せる、そうしたクラブにしていきたいと考えています。そのためには、足元で強くて見て楽しいサッカーを日々追及すること。それを町いちばんの盛り上がりにつなげていくこと。その盛り上がりをさらに「強く、見て楽しいサッカー」に再投資できる経営基盤を築いていくこと。このスパイラルアップを持って、名実ともに「アジア、世界で戦うクラブ」を実現していきたいと考えています。